此岸礼讃

此岸礼讃

此岸礼讃

発売日前日、仕事帰りに地元のユニオンに迎えにいきました。疲れていたので、翌朝ウォークマンに落として聴く。通勤時に聴く。ヘヴィで力強いし、一曲一曲は完成されてるんだけど、アルバム全体としては何とも言えなかった。さらっと聴いてしまった自分がいて驚く。前作の未来浪漫派が良すぎたのか。メッセージ性は前作の方が強かったよなと思いつつ。曲が全然入って来なくて、流れていく。疲れている所為なのか。それとも自分は人間椅子に冷めてしまったのか…。こんな事は、人間椅子のアルバムを聴きだして初めてなので、ショックだった。今まではアルバムの中で何曲かは必ずこれという曲があり、その曲達が引っ張っていてくれて、アルバム全体を大好きになった。今回はそれらがなかったのもある。
ある日、春の匂いは涅槃の香りを聴いていて、今年の桜の頃を思い出した。仕事へ行く途中、満開に近い桜の咲く河原沿いを歩いていると、見知らぬおばあさんに、「キレイだね」と話しかけられた。仕事前なので、何言か交わし道を急いだ。桜を見上げている私の心中は穏やかではなかった。個人的な問題とともに、地震後不安に駆られることが多く、桜に心が動かされることはなかった。あんな大変なことがあっても、時間は流れ続け、去年と同じ様に桜は咲いている。それが自分を置いてきぼりにされたように感じた。世の無常をも感じた。でも、そういう変化を希望に感じる人もいるんだよな。そんなことを思い出しながら聴いていたら、涙が出てきてしまった。それが最初のきっかけかもしれない。アルバムを通して聴いて15回目くらい、やっとどかーんと来ました。曲の表情が違って見えたというより、見ようとしていなかった素晴らしい表情が見えてきた感じ。それからは聴く度ににやにやして、曲の世界に飛び込んでいた。時に胸を押さえ、時に重厚感に唸り圧倒されながら。それはとても幸せなことだなと思った。これからのライブでどう感じるかはまだ分かりません。ただ、楽しめればよいなと思います。